大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和57年(ワ)4817号 判決

原告

瀧修己

右訴訟代理人

落合光雄

市野澤邦夫

被告

米川水産株式会社

右代表者

米川健

右訴訟代理人

田中学

主文

一  被告は原告に対し金九一三万三、四〇四円及びこれに対する昭和五七年五月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一、四七六万二、七九二円及びこれに対する昭和五七年五月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告は、築地において水産物の加工、販売等の事業を営む会社であり、原告は、昭和五四年五月三日被告との間に臨時雇として雇用契約を締結し、同日より被告の臨時現場作業員として勤務していたものである。

2  事故の発生

原告は、昭和五四年六月一五日午前一一時二〇分ころ、被告の豊海工場内において、木工用電動自動カンナ(以下、「本件自動カンナ」という。)を使用し冷凍鮪の側面を削る作業に従事中、同カンナで右手第二指(示指)及び第三指(中指)の頭部を切断する傷害を負つた。

3  被告の責任

被告は、信義則上雇用契約に付随する使用者の義務として、労務者が労務の提供に際して使用するところの、使用者の用意した設備、機械、道具から生ずる危険が労務者に及ばないよう労務者の安全を保証する義務を有していると解される。

本件自動カンナは事故の前日に被告に納品された機械であり、被告には、次のとおり安全保証義務に違背した債務不履行責任がある。

(一) 本件自動カンナには冷凍鮪を削る作業に適した有効な安全装置が付けられていなかつた。

(二) 本件自動カンナには冷凍鮪を乗せる広い台と冷凍鮪の側面を削る回転刃との間に、何センチメートルかの空間があり、厚さ(高さ)約五センチメートルの鮪の側面を段差なく削るためには、少なくとも鮪を右の台と回転刃との空間の高さまで両手で持ち上げる必要があつたところ、被告は、臨時作業員である原告に対し右の如き危険な使用方法を指示したのみで、本件自動カンナの使用上の説明や注意を十分することなく作業を命じた。

4  損害

(一) 逸失利益

原告は、事故以来利腕である右手の示指と中指を使用できなくなり、昭和五五年八月中旬被告から解雇された。

ところで、原告の後遣障害は労災保険において一〇級に該当するとの認定を受けており、労働基準局長通牒によれば労働能力喪失率は二七パーセントとされている。原告は、事故当時二六歳であり、昭和五四年賃金センサス第一巻第一表の二六歳の平均給与額金二〇万四、六〇九円を基礎に、被告から解雇された後である昭和五五年九月から昭和五七年三月までの一九ケ月間の逸失利益を算定すると金一〇四万九、六四四円となり、また将来三八年間にわたり、右平均給与額を基礎に喪失率二七パーセント、ライプニッツ式計算法により中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すると金一、一一八万二、三五六円となる。

(二) 慰謝料

原告は、本件事故により二回の手術を受けるとともに、通院二ケ月半の治療を余儀なくされ、利腕である右手の二指の用を廃し、未だに頑固な疼痛に悩まされ、正常な仕事に復帰できぬ状態である。このため蒙つた原告の精神的苦痛は甚大であり、慰謝料としては金四〇〇万円を下らない。

(三) 損害の填補

原告は、昭和五五年六月労災保険から障害補償一時金一二〇万九、二〇八円、特別支給金二六万円の合計金一四六万九、二〇八円の支給を受けたので、前記損害額からこれを控除する。

5  よつて、原告は被告に対し、損害金一、四七六万二、七九二円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五七年五月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中、使用者に安全保証義務があること、本件自動カンナが事故の前日に納品されたことは認めるが、その余は争う。

4  同4(一)、(二)の損害の主張は争い、(三)の損害の填補は認める。

三  被告の主張

1  本件自動カンナはカンナを自動式にしたごく簡単な機械であり、取扱い上特別に注意しなければならないものではなく、もともと原告の主張するような安全装置は設置されていなかつたばかりか、考えられるべき安全装置はなかつたのである。仮に、機械の安全構造上に問題があるというのであれば、機械使用者の責任ではなく、機械製造者の責任というべきである。

2  被告は、原告の手先が器用であるということから原告を選んで本件自動カンナでの作業に従事させたのであるが、その際被告代表者から使用方法についての説明を与えている。本件自動カンナは構造上操作上簡単なもので、注意すべきは回転する刃に手が触れないようにする動作だけであり、そのような注意は実際にこれを扱う者のみができることであつた。原告は、鮪の固まりを回転する刃に上から押しつけるようにして削るよう説明を受けながら、説明どおり行なわず、鮪の固まりを手で挾むようにして削ろうとしたため、手袋ごと手がすい込まれて本件事故に遭つたのであり、その原因は明らかに原告の不注意によるものである。したがつて、本件事故について被告に責任はなく、仮に何らかの責任が生じることがあるとしても、大幅な過失相殺がなされるべきである。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張については争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者)及び2(事故の発生)の事実は、当事者間に争いがない。

二被告の責任について検討する。

使用者には労働者に対するいわゆる安全配慮義務があること、本件自動カンナが事故の前日に被告に納品されたものであることは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  本件自動カンナは木工用のいわゆる面取盤といわれるもので、もともとは各種木製品の側面の面取加工(切削)を行なう機械である。本件自動カンナには加工木材を乗せる定盤といわれる広い台とこれに直角に木材の側面を削るための回転刃が縦に付けられており、木材の側面をあてる側面盤に沿つて木材を押していくと、側面盤の間隙部分において、高速に回転する回転刃により木材の側面が均一に切削されるのである。

2  被告の豊海工場では、魚市場から仕入れた大きな冷凍鮪の固まりを電気鋸などで裁断し、縦約二五センチメートル、横約一五センチメートル、厚さ(高さ)約五センチメートル位の冷凍鮪の固まりを作るなどの作業を行なつていたが、その際切断面に鋸くずが付着し変色をきたす原因となるため、従前は包丁でこれをそぎ落とすことをしていた。しかし、このそぎ落としに手間がかかることから、被告代表者は、木工用の面取盤を利用し右そぎ落とし作業の省力化を図ることを考え、事故前日の昭和五四年六月一四日午後五時すぎころ、側面を切削するための本件自動カンナ一台とやはり切断した冷凍鮪の底面を切削するための木工用電動自動カンナ(回転刃が定盤の下部に付けられ、定盤の間隙部分で鮪の底面が切削される。)二台を被告豊海工場に導入した。右三台の機械の納品時に、納入業者から一応の使用方法の説明がなされたが、臨時作業員であつた原告は、既に当日の勤務を終え退社後であり右説明を聞くことができなかつた。

3  原告は、それまで冷凍鮪の切断面のくずを包丁でそぎ落とす作業などに従事していたところ、本件事故当日の朝、初めて被告代表者から本件自動カンナを使用して作業するよう指示を受けた。その際の被告代表者の説明は、右から左に鮪を移動させて側面を削るものであり、刃が高速で回転するから気をつけるように、という程度であつた。

4  原告は、衛生面から要請されているゴム手袋をして、早速、本件自動カンナでの作業を開始したが、本件自動カンナの定盤と回転刃の下端との間に何センチメートルかの空き間があり、厚さ約五センチメートル位の裁断された冷凍鮪を定盤に乗せたまま切削すると、側面の下半分が削れないことになるため、前記裁断された冷凍鮪を両手の指で挾むようにして定盤からやや持ち上げ、側面を切削していたところ、作業を始めて三時間も経たないうちに、はずみで右手のゴム手袋が回転刃に巻き込まれ、本件事故となつた。

5  被告代表者は、本件事故後、直ちに本件自動カンナの使用中止を指示し、その後本件自動カンナによる事故の危険性を考え、これを放置したまま全く使用していない。一方、同時に導入した前記底面用の電動自動カンナ二台は、鮪を押さえる板を作り、その板をかぶせて押すようにし、直接鮪を触らないで切削できる道具を考案して、使用を続けた。

三右認定事実をもとに考えてみるに、原告のゴム手袋が回転刃に巻き込まれた直接の原因は、前認定の状況から推し測つてみると、作業中におそらく手をすべらせたものと推認されるが、本来木工用の機械をもつて、前認定のごとく長方形に裁断されたそれほど大きくもない冷凍鮪の側面を削るのであるから、裁断される過程で冷凍鮪の表面が溶けてくることも考えられ、また、本件自動カンナの定盤と回転刃の下端との間には空き間があり、冷凍鮪を定盤からやや持ち上げて作業しなければならなかつたことからすると、原告の作業はもともと手をすべらせる危険性が大きかつたものといわなければならない。

もつとも、冷凍鮪を定盤からやや持ち上げて作業する方法については、前掲甲第五号証の原告の報告書によれば、被告代表者からの指示によるとのことであるが、被告代表者尋問の結果によれば、このような作業方法は指示していないとのことであり、いずれであるかにわかに断定し難い。しかし、指示の有無についてはしばらく措くとしても、原告としては、本件自動カンナを用いて一度に側面を切削しようとすれば、右のような作業方法をとらざるを得なかつたわけであり、仮に、定盤の上に乗せたまま裏返して二度切削することにすると、切削部分が一致しないことも考えられ、いずれにしても、被告が右の作業方法を禁止した形跡は認められないのであるから、原告が右の作業方法をとつたことは、やむを得なかつたということができる。

しかも、原告は、臨時作業員として被告に雇用されてから、僅か一か月半足らずであり、本件自動カンナについて全くの未経験者であるにもかかわらず、十分な説明を受けることなく、本件自動カンナでの作業を命ぜられ、本件事故に遭つたのである。

したがつて、被告には、本件自動カンナでの作業方法やその危険性について事前に原告に対し十分な安全教育や指導をすることなく、危険の伴う作業を命じた点において、使用者としての安全配慮義務を怠つた債務不履行責任があるといわざるを得ず、被告指摘の本件自動カンナが比較的単純な機械であることなどを考慮しても、労働者に対する安全配慮義務を尽くしたということは到底できない。

しかし、前認定の事故状況からすると、本件事故については、原告にも作業時の不注意があつたことは否定できず、前認定の一切の事情を考慮すると、本件では後記損害額の算定に際し二〇パーセントの過失相殺をするのを相当と認める。

なお、原告主張の安全装置の点については、本件自動カンナにいかなる安全装置を付けるべきであつたというのか明らかでないのみならず、本件において、必要な安全装置が付けられていなかつたものと認めるに足りる証拠もないから、この点の主張は採用し難い。

四損害について判断する。

1  逸失利益

〈証拠〉によれば、原告(昭和二八年二月二六日生)は、本件事故により右手第二指(示指)については中節骨々頭部にて切断、同第三指(中指)については遠位指節間関節部にて切断の傷害を負い、労災保険給付の関係において、昭和五五年六月四日中央労働基準監督署長から労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表の一〇級六号(なお、同号は、「一手の拇指の用を廃したもの、示指を併せ二指の用を廃したもの又は拇指及び示指以外の三指の用を廃したもの」とされており、障害等級認定基準によれば、「手指の用を廃したもの」とは、指の末節骨の長さの二分の一以上を失つた場合が含まれるとされている。)の認定を受けたこと、原告は、本件事故後の昭和五四年八月から、正式に被告の本採用の従業員となつたが、被告と勤務状態をめぐつてもめ、昭和五五年一〇月退社届を出したこと、原告は、その後、妻の営む飲食店の手伝いをしているが、利腕である右手の二指の用を廃しているため、相当の不便を蒙つていること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、原告の退社時の年齢は二七歳であり、六七歳までの四〇年間にわたり就労が可能であつたとみることができるところ、労働基準局長通牒による労働能力喪失率表によれば、障害等級一〇級の労働能力喪失率は二七パーセントとされているが、本件では年月の経過と訓練により喪失率の若干の回復が可能であろうことを考慮し、右四〇年間のうち、当初一〇年間について喪失率二七パーセント、その後の三〇年間について喪失率二〇パーセントとみて、逸失利益を算定するのを相当と認める。

ところで、逸失利益算定上の原告主張の所得は年収金二四五万五、三〇八円(金二〇万四、六〇九円×一二)であり、この金額は昭和五四年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、小学・新中学卒の男子二五〜二九歳平均年間給与額金二四七万二、〇〇〇円を下回る控え目なものと認められるから、原告主張の金額を基礎収入とみて、ライプニッツ式計算法により年五分の中間利息を控除し、原告の逸失利益の前記退社時における現価を算定すると、次の計算式のとおり、金九七五万三、二六五円となる。

①  245万5308円×0.27×7.7217

=511万8970円 (円未満切捨)

②  245万5308円×0.2×(17.159

−7.7217)=463万4295円

(円未満切捨)

③  511万8970円+463万4295円

=975万3265円

2  慰謝料

本件事故の態様、原告の受傷の部位・程度、後遣障害の内容、被告の対応、その他諸般の事情を考慮すると、本件事故による原告の慰謝料としては、金三五〇万円をもつて相当と認める。

3  過失相殺

原告の右損害額合計は金一、三二五万三、二六五円になるところ、本件では、前説示のとおり二〇パーセントの過失相殺を相当とするから、右割合を控除すると、残額は金一、〇六〇万二、六一二円となる。

4  損害の填補

原告が労災保険から合計金一四六万九、二〇八円の支給を受けていることは、当事者間に争いがないから、これを控除すると、原告の損害額は金九一三万三、四〇四円となる。

五以上のとおりであるから、被告は原告に対し、損害金九一三万三、四〇四円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年五月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を免れない。

よつて、原告の本訴請求は右の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。 (武田車弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例